乳酸発酵で生まれる茶葉「黒茶」と酒造技術への応用

こんにちは。三軒茶屋醸造所 杜氏の戸田です。

みなさんはお茶を飲みますか?
急須を持つ人も少なくなったと言われますが、お茶は日本の文化にも欠かせないもの。知れば知るほど面白い魅力がつまっています

1.微生物の働きを利用する「黒茶」
2.日本でもつくられる乳酸発酵茶
3.東京都西端の村での黒茶づくりと酒造への応用

黒茶

1.微生物の働きを利用する「黒茶」

さて、日本では緑茶、紅茶が主ですが、中国では茶についての六大分類がございます。

茶葉の酵素酸化度合いによって緑、黄、白、青、紅の5つの名がつけられ、残る1つの微生物の働きを利用したお茶に対して名付けられ「黒茶」と呼びます。
黒茶は微生物の発酵を用いるため風味も独特になることが多く、また珍しいものも多く存在します。

その中でも一番有名なのが中国の主に雲南省でつくられる普洱茶(プーアール茶)ではないでしょうか。
健康茶として日本でも注目を浴び、特にキノコのような独特な風味が特徴です。
正確には普洱熟茶と呼ばれるこの微生物発酵茶は、もともとは少数民族のお茶でした。中国・雲南省は都市部からは遠く、国境に隣接するため未だに少数民族も多く生活しています。そのなかでそれぞれの民族が独自の微生物発酵茶を飲む文化を有していることが多いそうです。

例えば茯磚茶(ぶくたん茶)なども少数民族のお茶として知られます。
金花と呼ばれる独特のカビがつくのが特徴で、近年はその健康効果に対する期待も高まっているそうです。
また高山地域で暮らす民族はこうしたお茶を飲むことで、冬場の野菜不足に対してビタミンを補ったり、バターを溶かして飲むことで油分も摂取していたといいます。
ちなみに茯磚茶は私の愛飲茶でもあります。

2.日本でもつくられる乳酸発酵茶

さてこのあたりの文化圏はかなり特殊なものですが、実は日本にも同じ様に微生物発酵を利用したお茶がございます。

多くは四国地方にみられ、代表的なものには「阿波晩茶(あわばんちゃ)」「石鎚黒茶(いしづちくろちゃ))、「碁石茶(ごいしちゃ)」などがございます。
四国地方の中でも山間部で作られることが多く、それぞれ特徴がございます。特にこれらは微生物発酵の中でも乳酸発酵を利用するものが多いです。そのため漬物茶と呼ばれることもあり、酸味を伴う風味が特徴的です。

ただ、乳酸発酵させるためには乳酸菌にとって利用可能な栄養分が供給される必要がございます。
そのために重要なのが、茶の細胞壁を壊すという工程です。

通常の状態で茶葉を重ねても乳酸発酵は栄養が足りないので発酵が起こりません。
細胞壁を壊すための手法として主に2種類取られます。1つは物理的な刺激で細胞壁を壊すことと、もう1つがカビによる細胞壁の分解です。前者の代表例が「阿波晩茶」、後者の代表例が「石鎚黒茶」と考えられます。

阿波晩茶では「茶摺り(ちゃすり)」という工程があります。
茶葉を蒸したあと、茶葉に圧をかけながらすることで茶の細胞壁を壊し、内容物を溶出させます。その状態で漬物のように龜に嫌気的な環境になるように保存することで乳酸菌が活動する、というメカニズムになっています。

ちなみにこの茶摺りについては1つ興味深い話があり、それは日本酒の酒母製法である生酛を行う際の工程の1つである酛摺りはここからヒントを得ていたのではないか、ということです。

全く歴史的な証明があるわけではございませんが、江戸時代の中期までは現代の生酛のような造りでも酛摺りを行っていなかったことからも、非常に興味深い説と考えます。
また当時の酒造りの中心地は灘であることを考えると、地理的にもそこまで遠くはなく、例えば交通の要所としても栄えた淡路島などを起点にして文化的な交流が起こっても不思議ではないかもしれません。

一般的に生酛の酛摺りについては水を吸った麹米を潰し、埋け飯(いけめし)した掛け米を砕きながらペースト状にすることと云われます。
そうすることで遊離水を少なくして微生物の活動条件を制限します。つまり物理的性質を変えて菌のコントロールを行うということ。しかしともすると茶葉同様に細胞内の成分を溶出させることで乳酸菌の活動しやすい環境が作られている、という可能性も見えてきます。

また後者の石鎚黒茶についても見てみましょう。石鎚黒茶は二段階の発酵過程を経ます。

最初は茶葉を蒸したあと、空気を含むようにまとめて放置します。この段階でカビ類の好気発酵を促します。

黒茶

2週間ほどのちに、今度はそれらを揉み、桶の中にまとめてから漬物のように重石を載せて乳酸菌の嫌気発酵を行います。
これは阿波晩茶の茶摺りに対して、カビによって細胞壁を分解していると予想されます。

黒茶 こちらも日本酒に近い価値観を感じます。麹=カビで溶かし、栄養を供給して乳酸発酵を行う様は、阿波晩茶よりも酒の発酵に近いと言えるかもしれません。

 

3.東京都西端の村での黒茶づくりと酒造への応用

さて、私は今年の7月頭より東京都・檜原村(ひのはらむら)でおこなれた、職人がやめてしまった石鎚黒茶を再生する試みに参加してきました。

檜原村での黒茶づくり

茶摘みから菌つけ(職人の使用していた桶から採取して培養したもの)、そして乳酸発酵の工程を見て非常に感動いたしました。またそこで気づいたことが1つございます。

そもそも黒茶は阿波晩茶という言葉に代表されるように、晩茶を使って作られることが多いです。

檜原村 茶畑

晩茶とは遅い時期に採れる、すっかり固くなってしまった茶葉のこと。
普通は一芯二葉や一芯三葉というように、芽や小さい葉など柔らかい繊維のものを採取してお茶にします。
しかし黒茶では微生物発酵を経るため、そういった柔らかい茶葉では姿かたちが残らなくなってしまいます。なので繊維が固くなり、もはや通常のお茶としては向かない晩茶を使用するのです。

そこからも黒茶自体が民族茶であることが分かると思います。柔らかい一番茶や二番茶は製品として売り、生計を立てる。製品に使わない晩茶を飲むための技術であったことが伺えます。

また、晩茶を摘む時期にも注目してみると、たいていが梅雨の終わりの7月頭以降です。
その時期に茶を摘んで放置すると、湿気の強い季節ですから、カビが付きやすいことが予想されます。またそこから好気発酵が終わり、乳酸菌による嫌気発酵に移行するとちょうど気温が上がり始めます。そうすると乳酸菌の活動も活発になり、うまく発酵がすすむことも一助になっているのではないでしょうか。
そして出来上がった茶葉を夏の日差しにあてて干して、そこで得た酸味のあるお茶を夏の暑い日に飲むと、全くこのサイクルが適しているように感じられるのです。

檜原村 黒茶

またこれを酒造技術に応用することを考えます。
清酒の多くの蔵では、酵母増殖のために他の雑菌の増殖を抑制するように酸度を上げる手法として、醸造用乳酸を使用する速醸酛という方法を採ります。
しかし乳酸発酵を経た黒茶であれば「煮出して抽出してみると乳酸水として同じ役割を果たすことができる」という発想から「黒茶酛」という技術的可能性も見えるのです。

さて、そんなボタニカル素材と発酵技術の最先端といっても過言ではないお酒がこちら

《黒茶・ほうじ茶を副原料に使用》三軒茶屋醸造所のFONIA tea ∼smoky∼

 

Text by TODA
WAKAZE三軒茶屋醸造所2代目杜氏。
埼玉県戸田市出身。名字と出身地が同じという稀有な人材。肩書の長さには自信がある。会うたびに髪が長くなっているとの噂があり、社内でも髪型の方向性がわからないという声が度々上がる。酒造履歴としては、三軒茶屋醸造所立ち上げ直後から蔵人として杜氏 今井翔也に師事。同年冬には千葉・木戸泉酒造と群馬・土田酒造にて修行し、翌年9月の今井渡仏にあわせて三軒茶屋醸造所での酒造業務を任される。2020年4月より、三軒茶屋醸造所杜氏として指揮をとる。

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